ブラックアウト寸前
増え続ける細胞の音を聞いた気がしてあまりの生命力に思わず息を止めてみた
ぶつん、と張り詰めた糸の束に断ち切り鋏を入れたような音が耳の後ろのあたりから聞こえたかと思うと目の前が真っ暗になる。
ああ、あいつが来る。
俺はもう少しだけでいいから冷静さを失わずに居たいとうずくまった身体の下敷きになった手に触れている砂をぎりぎりと握り締めた。あいつに明け渡してしまうのだけは嫌だ。
耳の奥で声がする。早く、どけよ。
嫌だ。嫌だ。こっちに来るなよ。そこは俺の。俺の。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
carmineの景色
気がつけばやっぱり俺はあいつに追いやられて、暗い部屋にいた。真っ暗な部屋にはソファがひとつとテレビがひとつ。テレビは何故かとても古くて、ダイヤルをひとつひとつ廻すキャラメルを少し焦がしたような色をしている。暗くてあまり様子はわからないけれど。テレビは砂嵐でざあざあと嫌な音ばかりする。部屋は狭いのか広いのかわからない。一度壁まで歩いてみようと思ったこともあったがどこまでが壁でどこからが闇なのか際限なく続いていたらこの場所に戻ってこれないんじゃないかと恐ろしくなってやめた。この部屋にきたら俺は何もできない。
ただソファに座ってテレビの画面を見つめる。俺があそこにいない間あいつが何をしているのか見張ってなければならないんだ。
畜生。そう呟きながら親指のつめを噛んだ。あいつも同じ癖があるから俺のつめはいつもぼろぼろだ。
砂嵐はいつのまにか鮮やかなカーマインに染まる。
カーマインの向こうにあいつが見ている世界が広がる。あいつの世界は気味が悪い。いっそ鮮やかで奇麗だと思えるほどの色彩のなかに黒く塗りつぶされた針金の塊のような人。建物だとかそういった他のものはまるで作り物のように輪郭だけが映るだけでちっとも何かわかりやしない。
壊れた万年筆で強引に描いたみたいな人はしゃべる。声を聞けばそれが誰なのかわかるがその声はひどく曖昧でほとんど聞き取れない。
あいつの見ている世界は異常だ。まるで異常。ただただ赤く、見つめていると気が狂うんじゃないかと思う。
あいつがいることに気づいたのは最近で、それに気がついたのは柳先輩だけだった。他の先輩はただ俺がいつもよりもっと凶暴になったと思い込んでる。あいつは人の言うことなんて少しも聞かない(それが幸村部長であってもだ!)けれど何故か柳先輩のことは少しだけ、聞く。柳先輩はあいつは俺である部分も少しあるらしいのでもしかすると俺が好きだと思ってるのと同じなのかもしれないといった。俺はあいつであるはずもないのだけど。あいつの見る景色の中で柳先輩だけはうっすらと輪郭をもっている。ぼんやりとしてそれはカーマインに滲んでいるがそれが誰なのかはわかる。
俺はあいつのことを憎んでいるといっていいくらい嫌いなのに柳先輩はそうでもないという。少し聞かん坊な所はあるがまあ可愛いものじゃないかとすらいう。俺には少しもそうは思えないのだけど。
テレビの画面は相変わらずカーマインの景色で気味が悪い。
はやくあいつの気が済んで俺を戻してくれればいい。ひとりきりでここにいるといつかここから出られなくなるんじゃないかとだんだんと恐ろしくなる。いつかあいつが俺をのっとって俺はずっとここに一人きりになるんじゃないか。
画面にうつる人のような黒い塊がぐちゃりとつぶれた。すごく嫌な音がする。何かが飛んできてカーマインはさらに鮮やかさを増した。俺は急に胃の奥を握りつぶされたみたいになって、こらえきれずに吐いた。
俺はこの色を知ってる。
吐いて吐いて、あとはただ嗚咽した。
やめてれくれよ。もう。俺が俺でなくなる。早く何処かにいけよ。
俺が俺でいられるうちに、俺の居場所がなくならないうちに。
俺が俺?俺がここにいる限りもうあそこにいる俺は俺じゃないのか。じゃあ俺はどこに行けばいい。俺は?
俺は何処に?
俺はもうここから出られないの?
やめろよ。何故で出てくるんだよ。早く何処かにいけよ。俺は。俺の。俺が。
テレビがから目を逸らしたいのに俺はただ金縛りにあったみたいになってしまって指ひとつ動かすことができない。ただソファでうずくまるようにして足を抱えたまま木偶みたいにテレビを見続ける。瞳が乾く。このまま虹彩までカーマインに染まるんじゃないかというほどただ凝視する。汗が背中を伝って気持ちが悪い。ああ。
あの色は嫌な色。
早く。早く。お願いだから。ああ。
ぱちん、と暗い部屋に灯りがつく。何処に扉があったのかわからないがようやく動くようになったが随分と油をさしていない機械がぎぎ、と音を立てるように鈍く首を回してそちらを見ると、そこには輪郭が真っ黒な人影がいた。テレビの残像のせいかカーマインがまだちらついて。俺は瞬きを繰り返した。
人影がこちらに近づいてくる。
俺はすっかり虚脱してしまっていて、それがあいつだとわかっているのだけど少しも動くことができない。
人影のままあいつはいう。
お前は、
俺さ。
嫌だ。うそだ。嘘じゃないさ。お前は俺で、俺はお前。違う。違わない。
お前は俺じゃない、俺はお前じゃない。
うそだ。違う。同じだ。同じじゃない。嘘だ。俺は。俺が。
仲良くしようぜ、と差し伸べられた手のようなものは重油みたいにどろどろと何か黒いものでしかなくてぞわぞわと首のうしろのあたりがざわめく。
その手をどけようとしてみるがやっぱり力は少しも残っていなくてべったりとその黒いものは俺の手をつつんだ。
やめろ。はなせ。近づくな。気持ち悪い。寄るな。
そのまま腕をぐん、と引かれて俺は目を回した。
気がつくと真っ白な部屋でつんとした消毒液のにおいでそこが保健室だと気づいた。まだあのどろどろがついているようで俺はやっぱり真っ白なシーツを跳ね除ける。
汚してしまってはいやしないかとおそるおそる掌をひらくとそこはただ少し汗ばんでいるだけでなにもなかった。
あいつは今まで俺にむかって話しかけたりすることなんてなかった。
俺はもしかするといよいよあいつに追いやられてしまうのかもしれない。
開いた手は血の巡りが悪くなっているのか冷たくて、ますます自分のもののように思えなかった。
しゃあ、とカーテンを開ける音に目をやると柳先輩がいた。先輩の向こうの窓は真っ赤に染まっていて、それがまるであの暗い部屋にいたときにみていたテレビの景色のようでおれは、恐ろしくなって叫んだ。
瞳をどんなにつよく瞑っても瞼の裏のカーマインは消えなかった。
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悪魔化する赤也の話
多重人格なんだけど根っこは同じだよ、みたいな話
赤目までは赤也と融合済みです。赤也<赤目<悪魔
みんな柳先輩がだいすきです。続きはかけたらかく。